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	<title>恐ろしく長い地獄の刑期。悪いことはしちゃいけない。 へのコメント</title>
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	<description>毎日面白い話題をピックアップ！　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
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		<title>羅王 より</title>
		<link>http://takashi1016.com/heck-2164#comment-52965</link>
		<dc:creator><![CDATA[羅王]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 May 2015 18:00:53 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[阿修羅双樹
2015年1月30日 07:20
はいはい、ワロスワロス

なんだこれは。
阿呆のひとりごとか。
いやらしい仏教徒か。
こういったごまかし地獄に陥った者は
持論を既に捨て調べる演技に取り付かれその実只かねを稼ぐだけのなんと調べる欲ですらない
金を増やす欲に取り付かれた者である。
このようなものは人が生きる心も知らずその表面ですらない完全な地の中の境界線でしかない不動産の縁起に取り込まれている。
心を知ることなく物質の世界の中でお金の重い少ないの天秤に従いより物質の世界が酷い牢獄の重金地獄に閉じ込められていく。

心や神聖な光から遠い場所で金の量だけを気を配りほかには何も考える事ができない。
常に他人の言動に注意し、金を稼げ無くなるような地獄の人生の邪魔になるようなことに対しては軽い批判で治めようとし、それでも相手が聞かなければ簡単に金で釣ろうとし、それでも釣られなかったらこれは金を脅かす地獄の破壊者だとして猛然とした業火を受けて燃えながら爆死。

哀れな自演に走る。

このように仏教徒ですら金の業火に焼かれて今も苦しんでいる、のかもしれません。
しかし本当に苦しんでいるのは心を守るために物質の世界と断固断縁をして居る人々であるはずです。その人々でなければどうして心を持つことができるでしょうか真に。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>阿修羅双樹<br />
2015年1月30日 07:20<br />
はいはい、ワロスワロス</p>
<p>なんだこれは。<br />
阿呆のひとりごとか。<br />
いやらしい仏教徒か。<br />
こういったごまかし地獄に陥った者は<br />
持論を既に捨て調べる演技に取り付かれその実只かねを稼ぐだけのなんと調べる欲ですらない<br />
金を増やす欲に取り付かれた者である。<br />
このようなものは人が生きる心も知らずその表面ですらない完全な地の中の境界線でしかない不動産の縁起に取り込まれている。<br />
心を知ることなく物質の世界の中でお金の重い少ないの天秤に従いより物質の世界が酷い牢獄の重金地獄に閉じ込められていく。</p>
<p>心や神聖な光から遠い場所で金の量だけを気を配りほかには何も考える事ができない。<br />
常に他人の言動に注意し、金を稼げ無くなるような地獄の人生の邪魔になるようなことに対しては軽い批判で治めようとし、それでも相手が聞かなければ簡単に金で釣ろうとし、それでも釣られなかったらこれは金を脅かす地獄の破壊者だとして猛然とした業火を受けて燃えながら爆死。</p>
<p>哀れな自演に走る。</p>
<p>このように仏教徒ですら金の業火に焼かれて今も苦しんでいる、のかもしれません。<br />
しかし本当に苦しんでいるのは心を守るために物質の世界と断固断縁をして居る人々であるはずです。その人々でなければどうして心を持つことができるでしょうか真に。</p>
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		<title>羅王せ より</title>
		<link>http://takashi1016.com/heck-2164#comment-52963</link>
		<dc:creator><![CDATA[羅王せ]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 26 May 2015 17:49:41 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[これ恣意的な欠き方やな～
知能と内容と知識と良識のずいぶん恣意的な欠き方されておりますやんこのブログ～・・・
聖者に対する殺生が個別に存在する理由は、一般社会に対するの宗教の優位性を誇示するためと思われる。

なにこれ。
縁起が良い聖者はそれだけ大きな輪で良い縁起があるため
それを破壊する程度の縁起とは既に物が存在していることをこまこまといちいち微粒子感覚で削っていっていくようなちまちま～とした行き方をしているという。
そのためまるで西洋哲学の先の物理学のようにちまちま～としたものを細かく削っていることは大変なことだということからそれは地獄であるとしたものである。
確かにちまちま～としたものを解析しいちいち微粒子感覚で触る事ができるのは細かさの点ではよいが、しかし効率やまた、自己が保たれるのかと言う点ではアウトや。だから、縁起が悪いと言う。
逆に言えばそんなちまちま～とした事をしなければいちいち生きていることも判らないというとんでもない不吉な暴風に呑まれているといった縁起とも居える。住宅街の道路に入っていけなければ、永遠に高速道などで晩を明かし、それはつまり長距離運転手である。このような落ち着く心のない荒っぽい縁起にとらわれた者は大変な地獄、人々が使う何の変哲も無い日常品をダンボール越しになるべく傷つけないように輸送してそれでも内容を知ることなく死んでいくと行った事を繰り返してやっと生きていたのか死んでいたのか。判らないほどというほどではないが、判っているのはごくわずか。そんな無駄の多いこまか～いちまちまとした生き方はダサいと仏教徒が戒めておるのです。当たり前です。
聖職者に関しても縁起が良いです。力あるものは聖職者を簡単に壊しますがそれはより大きい縁起だからこそ壊せるのです。しかし聖職者にも満たないような縁起を持つものが権力だからなどと意味の無い批判をしても何も判る事などないのです。権力を持っていたことは判っても何も判りません。それはチマチマ地獄なのです。遅いです。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>これ恣意的な欠き方やな～<br />
知能と内容と知識と良識のずいぶん恣意的な欠き方されておりますやんこのブログ～・・・<br />
聖者に対する殺生が個別に存在する理由は、一般社会に対するの宗教の優位性を誇示するためと思われる。</p>
<p>なにこれ。<br />
縁起が良い聖者はそれだけ大きな輪で良い縁起があるため<br />
それを破壊する程度の縁起とは既に物が存在していることをこまこまといちいち微粒子感覚で削っていっていくようなちまちま～とした行き方をしているという。<br />
そのためまるで西洋哲学の先の物理学のようにちまちま～としたものを細かく削っていることは大変なことだということからそれは地獄であるとしたものである。<br />
確かにちまちま～としたものを解析しいちいち微粒子感覚で触る事ができるのは細かさの点ではよいが、しかし効率やまた、自己が保たれるのかと言う点ではアウトや。だから、縁起が悪いと言う。<br />
逆に言えばそんなちまちま～とした事をしなければいちいち生きていることも判らないというとんでもない不吉な暴風に呑まれているといった縁起とも居える。住宅街の道路に入っていけなければ、永遠に高速道などで晩を明かし、それはつまり長距離運転手である。このような落ち着く心のない荒っぽい縁起にとらわれた者は大変な地獄、人々が使う何の変哲も無い日常品をダンボール越しになるべく傷つけないように輸送してそれでも内容を知ることなく死んでいくと行った事を繰り返してやっと生きていたのか死んでいたのか。判らないほどというほどではないが、判っているのはごくわずか。そんな無駄の多いこまか～いちまちまとした生き方はダサいと仏教徒が戒めておるのです。当たり前です。<br />
聖職者に関しても縁起が良いです。力あるものは聖職者を簡単に壊しますがそれはより大きい縁起だからこそ壊せるのです。しかし聖職者にも満たないような縁起を持つものが権力だからなどと意味の無い批判をしても何も判る事などないのです。権力を持っていたことは判っても何も判りません。それはチマチマ地獄なのです。遅いです。</p>
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		<title>阿修羅双樹 より</title>
		<link>http://takashi1016.com/heck-2164#comment-34591</link>
		<dc:creator><![CDATA[阿修羅双樹]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Jan 2015 22:20:32 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://takashi1016.com/?p=2164#comment-34591</guid>
		<description><![CDATA[はいはい、ワロスワロス]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>はいはい、ワロスワロス</p>
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