<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"

	>
<channel>
	<title>クレタ島の迷宮、クノッソス宮殿。 へのコメント</title>
	<atom:link href="http://takashi1016.com/knossos-7178/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://takashi1016.com/knossos-7178</link>
	<description>毎日面白い話題をピックアップ！　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
	<lastBuildDate>Thu, 17 Sep 2015 09:55:06 +0000</lastBuildDate>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.7.41</generator>
	<item>
		<title>牛飼いの吟遊詩人 より</title>
		<link>http://takashi1016.com/knossos-7178#comment-2720</link>
		<dc:creator><![CDATA[牛飼いの吟遊詩人]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Mar 2014 20:01:57 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://takashi1016.com/?p=7178#comment-2720</guid>
		<description><![CDATA[ご指摘のとおり､ ミノア文明において最大といってもいい謎はその部分です｡  &quot;壁がない&quot; この一点につきます｡      
  では､ なぜ彼らは自分達の住む､ このクレタ島の側辺に壁を設置しなかったのか ?           
多分､ 彼らには壁を設置する必要性がなかったのだと想う｡            
彼らが根城にしていたのは､ 幸いにも大陸から離れた島で､ また偏西風や貿易風､ それと西地中海特有のつむじ風の影響によるきまぐれな天候もあり､ 沿岸地でさえ容易に攻め込めなかっただろう｡     地政面でうまく効を奏し侵略への危惧はなかったものと､ 私は視る｡     また､ 彼らはもともと周辺諸国に対して､ ひとつの､ 敵がい心や猜疑心などの､ いわゆる   &quot;負の感情&quot; なものは持っていなかったのではないか､ そういうものとは違う別の思考が根底にあり､ 彼らなりのやり方で周辺諸国とは十分渡り合っていた､ という事である｡                  
  ちなみにﾐﾉｱ文明とは､ｸﾚﾀ島のみをいうのではなく､ ｸﾚﾀから5･60km北に位置しているﾃｨﾘ島､  (通称ｻﾝﾄﾘｰﾆ島) を含めﾐﾉｱ文明である｡        
  そのﾐﾉｱ文明の人が持っていた思考を考察する時に &quot; 壁を作らなかった &quot;  という事が､ 彼らが持つ思考の本質を見極めるのに適した標になると想うのである｡      
  そこで､ 壁のある状態と無い状態とを考えてみよう｡     まず壁のある状態というのは､ 先の話に出たﾐﾉﾀｳﾛｽ､  この牛 ｰ ( 半牛半人か )  が幽閉されていた牢などは壁がある状態でしょう､ 地下の暗い場所で慍悶としている､ 自分の居る位置がはっきりとし､ 壁の手前､ 向こうというように内と外との境が出来て､ その境を越えるとまた違う位置に立つ､ との認識が生まれる｡]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>ご指摘のとおり､ ミノア文明において最大といってもいい謎はその部分です｡  &#8220;壁がない&#8221; この一点につきます｡<br />
  では､ なぜ彼らは自分達の住む､ このクレタ島の側辺に壁を設置しなかったのか ?<br />
多分､ 彼らには壁を設置する必要性がなかったのだと想う｡<br />
彼らが根城にしていたのは､ 幸いにも大陸から離れた島で､ また偏西風や貿易風､ それと西地中海特有のつむじ風の影響によるきまぐれな天候もあり､ 沿岸地でさえ容易に攻め込めなかっただろう｡     地政面でうまく効を奏し侵略への危惧はなかったものと､ 私は視る｡     また､ 彼らはもともと周辺諸国に対して､ ひとつの､ 敵がい心や猜疑心などの､ いわゆる   &#8220;負の感情&#8221; なものは持っていなかったのではないか､ そういうものとは違う別の思考が根底にあり､ 彼らなりのやり方で周辺諸国とは十分渡り合っていた､ という事である｡<br />
  ちなみにﾐﾉｱ文明とは､ｸﾚﾀ島のみをいうのではなく､ ｸﾚﾀから5･60km北に位置しているﾃｨﾘ島､  (通称ｻﾝﾄﾘｰﾆ島) を含めﾐﾉｱ文明である｡<br />
  そのﾐﾉｱ文明の人が持っていた思考を考察する時に &#8221; 壁を作らなかった &#8221;  という事が､ 彼らが持つ思考の本質を見極めるのに適した標になると想うのである｡<br />
  そこで､ 壁のある状態と無い状態とを考えてみよう｡     まず壁のある状態というのは､ 先の話に出たﾐﾉﾀｳﾛｽ､  この牛 ｰ ( 半牛半人か )  が幽閉されていた牢などは壁がある状態でしょう､ 地下の暗い場所で慍悶としている､ 自分の居る位置がはっきりとし､ 壁の手前､ 向こうというように内と外との境が出来て､ その境を越えるとまた違う位置に立つ､ との認識が生まれる｡</p>
]]></content:encoded>
	</item>
</channel>
</rss>
