知られざる死刑囚の実態
近頃、死刑の是非についての関心が広がっている。
死刑という制度を知っている人は多いが、
死刑囚の実態を知っている人は少ない。
今を生きる我々には想像できない死を前にした死刑囚とは。
スポンサードリンク
日本の死刑囚は死刑判決があると刑の執行まで身柄を拘束される。
刑務所に死刑囚がいると思われがちだが、実は死刑囚は拘置所にいる。
理由は懲役刑ではないからである。
拘置所に収監された死刑囚は狭い個室を
割り振られ、24時間監視された状態で生活し、
この場所で最後の時間まで過ごすことになる。
死刑囚には懲役義務が無いためにある種の自由時間が与えられている。
・自己啓発に勤しむ者
・俳句などを学ぶ者
・民間企業から委託された作業をする者
・再審請求の申請
とさまざまだ。
それまで自己啓発などしてこなかった者が、
俳句など学んでいなかった者が。
死刑囚のスケジュールは細かく決められていて、
風呂に入れるのは周に3日であったり、
就寝時間や起床時間も指定され、
自殺を防ぐ意味で就寝中は薄明りが付いている。
死刑囚の自殺という話をよく耳にする。
本来ならば刑死するはずの人間が死んだところで結果は変わらないのでは、
と考える人が多い。
確かに結果は「死」というものになるがその過程が違う。
拘置所からすれば死刑囚を処刑することで職務の遂行となるため、
それまでは死刑囚に生きていてもらわなければ困る。
言葉は悪いが、死刑囚は死刑執行までのお客様なのだ。
ただ死ぬためだけに生かされているということ。
死刑囚の中には宗教的価値観に目覚める者も多い。
自由時間に牧師を呼び、
自身のこれまでの行いや死後の世界についての教えを聞く。
これは宗教というある種の「絶対的な死」の否定が(天国や極楽浄土など)死を待つ死刑囚の心情と重なるのだろう。
死期の近い人間の集中力は恐ろしいもので、
それまで勉強などしてこなかった多くの死刑囚が
・聖書や経を暗記する
・習字の書がプロと見違えるほどの腕前になる
といったことはよくあることなのだという。
それを見た刑務官は
「最初に会った時は荒くれ者だったのに旅立っていく時はまるで聖人のようだった」
と語るほど。
かつて今ほど独房の環境が整備されていなかった時代は、
部屋に入ってくるゴキブリの顔を識別し、
それぞれに名前を付ける死刑囚もいたほどだ。
この壁の区切りが1人あたりのスペースで、
縄跳びなどを行う。
画像を見ればわかるように、
天井の鉄格子の上に屋根の鉄格子がある。
死刑囚に見える景色は殺風景な鉄格子とわずかな空だ。
東京拘置所では常磐線の音も聞こえるという。
先ほど書いた死刑囚の集中力、最も発揮されるのはいつなのか、
土日祝日年末年始は刑の執行が無いため、
それ以外の平日の朝ということになる。
いわゆるお迎えの時間である。
監獄法で死刑執行は刑の確定から半年となっているが実際は何年もかかっているが、
一説によると、「死」を受け入れさせるための期間と言われている。
それまでは死に対する恐怖や現状への不満を口にしたりする死刑囚は、
ある時を境に死を受け入れたように感じるという。
言葉が悪いがこのタイミングが殺し時ということになる。
仮に誰かが死刑執行当日を迎えた場合、
朝7時から点検が入る7時15分までの15分間にお迎えが来る。
かつては執行前日に刑の執行を伝え、死刑囚の望む食事を出したというが、
ここでも自殺防止の観点から当日の朝に執行が伝えられるようになった。
集中力が研ぎ澄まされたこの時間、
死刑囚は足音でどの刑務官がどの独房で立ち止まったのかもわかるという。
もしお迎えの足音が聞こえても自分の独房でなければ
とりあえず今日は死なないということになるからだ。
仮に刑の執行が伝えられた時にはこのようなものを書く。
自身の遺書のようなもので、所有物の処分方法なども希望できる。
刑執行の通達と同時にこの書類を書かされるのだが、
誰しもが大人しく書類を記入するのではない。
自身の遺書を書くという異常な状況、
1時間後には自分がこの世にいないという事実を突きつけられた中で冷静でいることの方が異常かもしれない。
「人らしく死ぬ」という言葉があるが人らしくとは何か、
人の本能に従うならば「死」を前にして抵抗するのが本当に人としての本来のあるべき姿ではないか、
と考えさせられる。
・大きく取り乱し暴れまわる者
・失神して失禁する者
・刑務官達に襲い掛かってくる者
このような状況になれば屈強な刑務官達に取り押さえられ刑場に引き立てられる。
刑場にたどり着けば残った作業は死を待つだけ。
この場で希望した場合は牧師や住職による最後の言葉を聞くことになる。
同時に仏壇にある自身の遺影か戒名を見ることになったり、
お供え物を食べてもいいと言われる、
「あなたのへお供え物ですから」
と。
刑の執行の際は検察や刑務所長が立ち合い、
ガラスの向こう側から見られるようになっている。
床が開くことで絞首刑となるが、
このように床を開くボタンは複数用意されている。
どのボタンが床を開くボタンとなっているかは毎回変えられ、
同時に押すことで刑務官の心にかかる負担を少しでも軽減させるための措置だ。
(死刑に立ち会った刑務官には死刑執行手当として2万円支給され、その日の仕事は切り上げるが、多くの刑務官はその手当を寺などに持っていき死刑囚の供養に使う)
絞首刑が澄んだ後は医師による死亡確認した後
遺族がいる場合は法務省から執行後に連絡が行き、引き取るかどうかを選択する。
引き取られない場合も多く、その場合は拘置所敷地内に無縁仏として埋葬される。